ビビちゃん危機一髪



動物の輸入検疫が、2005年6月より変わりました。

アメリカから、子犬を輸入することはそれ以前より非常に難しくなりました。
(詳しくは、動物検疫所のホームページをご覧ください。)

書類上その手続きをすれば大丈夫と思いの方も多いと思います。

しかし、現在、日本とアメリカの犬に対する考え方の相違、国による国民性の違い

などで外国の犬を輸入すろということは、それ以前よりとても大変なことになりました。

ビビは、生まれる前からアメリカに渡らせ現地の犬と交配したいと計画し、

血統を考え生まれてきた犬です。

ショードッグとしても以前ガイをアメリカのショーに出したときに感じたアメリカ人の優先する、

ダックスの質を優先して作出しました。

この組み合わせは、過去2回交配に失敗しました。(妊娠が成功しなかったのです。)

これが最後と祈りながら生まれてきた子です。


彼女は、その中のたった一匹の女の子でした。


私の大事なガイとInt.Ch.みゅうとの子です。今までの私のブリーディングの全ての夢でした。


名前を Liebe 独語で、意味は「愛」と名付けました。

3ヶ月の彼女です。


私の思った以上の出来でした。

この子に、私の人生の夢をかけようと思いました。

彼女は、将来アメリカのショーにチャレンジするつもりでしたので、ガイと違い---------

私が囲い込んで育てるのではなく、小さいときからハンドラーのところに行き来させ

そのストレスに慣れさせようと思いました。

幼い彼女にはつらいことも多かったと思います。

私の友人、又大いなる理解者である、ハンドラーの黒木さん(私も大変信頼しています。)

の協力もあり、預けっぱなしではなく、様子を見ながら、二つの家を行き来しました。

最初は、よく血便等を出し、どうなることかと思いましたが、

回数を重ねるごとに彼女は強く、逞しくなっていきました。

そしてショーチャレンジ


彼女は素晴らしかったです。


出るショー 出るショー カップを必ずといっていいほどもらってきました。


彼女は、ショーが大好きです。彼女はリングに入ると キッ と変わります。


強い、逞しい、ショーマンシップをたくさん持った子に育ちました。



(その当時の日本の流行のロングダックスとしては)少し細い小さなダックスでしたけど
彼女は、あっという間に JKC Ch.を完成しました。



私は、彼女をアメリカに渡米させる日を考え始めました。

私の二度目のアメリカでのショーチャレンジです。

私は、是非ともあのダックスで有名なハンドラーのカルロス氏に引いてもらいたかった。

まず、カルロス氏が引き受けてくれるかの交渉から始めました。

その間に、日本の動物の輸入に関する法律が変わりました。

異国に犬を預けるということは、大変なことです。

預けたはいいけれど行方不明になったり、死んだりして、

二度と日本に戻れなかった犬は過去たくさんいます。

それでも- - - - - -

私はアメリカに彼女を行かせたかった。

私の知る限りの危険なことは避けるため努力し、彼女は渡米しました。

その時のことは、「ジングル君とビビちゃんのアメリカ珍道中」 をご覧ください。

彼女はあっという間に Am.Ch. を完成いたしました。

彼女は、Ch. 完成のあと発情を待って交配を行い帰国いたしました。

私達の犬舎の未来において、彼女のアメリカでの交配は必須のことでありました。

私達は彼女を日本の犬と交配することは全く考えられませんでした。

しかし - - - - - - 残念ながら彼女の妊娠は未成立に終わりました。

私達はとても残念でしたけどこの様なことは犬の交配ではよく起こりうることです。

犬は生き物ですから - - - - -

私達はこのままあきらめるか、再びチャレンジするかを決めなければなりませんでした。

そうして、私達はもう一度ビビのアメリカでの交配を挑戦することを決めました。

そしてその結果は、私達とビビに大きな悲劇を与えることになりました。

私達はビビにおこったことを振り返るには多くの心の傷を乗り越えなければならなく

辛いことも多いのです。

しかし、少しずつそのことを書かせて頂きたいと思っています。

時間がかかると思いますがどうぞよろしくお願いします。